2016年9月24日土曜日

密室のショートケーキ【氷結】

「私は…」
 何をしていたのか思い返してみる。
 私は私が犯人でないことをよく知っている。そもそも里佳子せんぱいに依頼されたものを、自分で手づくりしてきて、自分で食べ尽くすなんてしない。

「昨日の夕方にカードと鍵を借りてケーキを届けました。冷蔵庫に仕舞って颯爽と帰りました。だから昨日の夕方から今日の19時まで私は一度も部屋に来ていません」
 変に疑われないよう、言質を取られないように考えながら喋る。

「君たちの話は全員、食い違っているようだな」
 里佳子せんぱいが言う通りに各々の証言に不審点がある。

「それなら誰かが嘘をついてると言うわけですね」
 恋乃葉せんぱいが指摘する。

「黙っててくれないか、生徒会長。君の出る幕はないんだよ」
「…な…っ」


 里佳子せんぱいは恋乃葉せんぱいが何かを言う前に凍てつくような視線を私に向けてきた。
「いいか、荻原絢香くん。心して答えろ」
「はい」
「昨日の夕方から今日の19時になるまでここには来ていない。間違いないな?」
「はい、間違いないです」
「じゃあ、たまきは何だ? 今日、昼間に君と一緒に来たと言っている。いつ来たと思う?」
「たまきが嘘をつけるとは思えませんが、寝ぼけて誤解している可能性はあると思います」
「というと?」

「はい、昨日の夕方に私の後をつけて侵入したんですよ、きっと。マンションの玄関ロックはここの住人の方の後をついていったか何かですり抜けて、階段のところで隠れていたんです。私が鍵を開けて入っていくのを見て後から部屋に侵入した。私が冷蔵庫にケーキを入れている隙にクローゼットに隠れたんですね、たぶん。時間については、昨日の夕方と今日のお昼を勘違いしてるんだと思います。クローゼットの中に居たのは本当だと思います。ホントにずっと寝ていたんでしょう」


「どう思う? たまき。異論はあるか?」
「さすがにあたしでも昨日の夕方から今日の夕方まで寝るかなー…。でも… …そう言われるとそんな気がしてくるけど」
「お前、夕方と昼の区別はつくのか?」
「そっ そんなのわかるよっ! …でも確かにクローゼットの中だと時間の感覚 狂ってるかもね」

「ふむ…、まぁどっちにしてもたまきは犯人から除外して構わんだろ」

 里佳子せんぱいは改めて私たちを見回していた。

「でも… あっちゃんに鍵とか渡したっけ、わたし」
 沙智が小声で余計なことを言う。場が混乱するだけだから慎んで欲しいものだ。
「さっちゃんに貸してって言って、手渡しでもらったよ。昨日の昼ぐらいかな」
「あぁ… 昼ごはん食べて一番眠たいときかな。…あれ昨日のことだったのか」

 沙智は納得してくれたようだ。

「もういい。今のところ犯人として有力なのは荻原沙智、お前だ」
「あハイ…」
「お前でいいな?」
「あ… ハイ」

「よくないですよっ せんぱい」

 私はお尻を浮かせて反論する。
「さっちゃんはこんなことする娘じゃないです。それにまだ、せんぱいたちの行動を聞いてませんっ」
「私かね? 19時まで一切この部屋に寄ってないんだがな」
「それでも一応お願いします」

「私は君のつくったケーキが食べたくて仕方がなかった。昨日の段階で食ってやろうと思ってモデルルームに侵入を考えたが良心が働いてやめておいたよ」
「今のところ、せんぱいが一番 動機があるわけですね」
「セキュリティがあると気づいて、やむなくコンビニのケーキを買って帰ったな」
「良心ってセキュリティのことですか?」

「今日はずっと町をぶらぶらと取材していた。和毅を連れてな。クリスマスの雰囲気を写真に撮ったりしていたよ」
「まさか、ずっとその格好ですか?」

「ぬふふっ だったら何だ?」
「前にクリスマスが疎ましいって言ってませんでしたか?」
「あぁ、言った。浮かれすぎだと思うよ。私のは町の様子を世に発信する取材活動の一環さ。個人的な感情と仕事を一緒にしてないだけだ」
「そうですか…」

 私は目を逸らす。どうしたって屁理屈には勝てないと思ったのだ。

「さぁ どうする? 私には動機が満点だぞ。だが準備はお前たちにすべて任せていたからな。ケーキを奪うチャンスはなかった」
「奪うつもりだったんですか…」


 恋乃葉せんぱいが口を開く。
「なるほど。あなたが何か仕掛けたのですね、里佳子さん。昔から本当に意地汚いことばかり。どんなトリックで…」
「黙っててくれないか、生徒会長」

「…な…っ わたくしはゲストで呼ばれて来ているんですよっ?」
「部外者じゃないのか」
「関係者です!」

「ふふっ そういうことか… それなら… 生徒会長も容疑者の一人というわけだな」
「は…? んなっ??」
「話してみろ。身の潔白を証明するといい」
「何なんですかっ そのもう犯人みたいな言い方!」


 私は下を向いてやり過ごす。里佳子せんぱいは私と沙智の天敵であるばかりでなく、恋乃葉せんぱいにとっても仇敵なのだと思った。幼なじみという因縁を持った二人だからこうもいがみ合えるのだろう。
 私は巻き込まれた恋乃葉せんぱいに同情する。
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2016年9月17日土曜日

密室のショートケーキ【土葬】

 トナカイの着ぐるみに赤い玉を鼻にくっつけている。どうしてたまきは身体についた汚れを擦り付けるようにして高級マンションで寛げるのだろう。

「ずっと居たんだな、これが」
 たまきは得意気にニコニコしているが疑わしい言動だ。
 あり得ないのだ。セキュリティカードでロックされた部屋の中で、何か動いているものがあれば赤外線センサーに引っかかるはず。たまきはそれを知らないのだろうか。
 それとも沙智をかばっている…?

「荻原沙智くん、君が来たときコイツを見かけたか?」
 里佳子せんぱいが沙智を見て、たまきのことをあごで指した。
「いえ… 見かけなかった気がするけど…。全部の部屋を見て回ったわけじゃないし…」
 モデルルームは3LDKでバスルームやベランダも考え合わせると確かに隠れられる場所は多い。

「セキュリティを作動させて戸も施錠して帰ったなら、コイツが動けば異常を察知して警備会社がやってくるだろう? たまき、本当にここに居たのか?」
「居たってばー! ずっとね」
「ベランダにでも居たのか?」
「中に居たよ」

「鍵は? どうやって入った?」
「あっちゃんと一緒に来た」
「荻原絢香くんとか…。そのことはまた後で聞く」

 里佳子せんぱいは私のことを一瞬だけちらりと見やった。

「部屋のどこに居たんだ? なぜセキュリティが反応しない?」
「クローゼットの中だね。セキュリティ? はよくわかんない」

 北側の暖房のない小部屋だ。

「何時から居た?」
「お昼くらいからずっとかな」

「19時にみんなが集まったとき、…お前 居たか?」
「みんなが集まったときはー… え? せんぱいっ あたしが居たか覚えてないのっ?」
「記憶にない」
「ひどっ」


 私は見かねて口を挟むことにする。
「里佳子せんぱい、たまきは19時の段階では居ませんでした。後から合流したはずです。でも… 外からやってきたって感じではなかったですね。部屋から下のロックを外してないのにマンションの玄関も通過してますし…」

「ということは本当にクローゼットに隠れてて、19時にみんなが部屋に入った後でクローゼットから出てきたわけか?」
「驚かせようと思ってね」


 その目論見は失敗している。
 誰も驚いてなかったし、いつの間にか合流してたんだくらいの感覚だ。トナカイの衣装で現れたけど馴染んでいたので違和感もなかった。

「生徒会長、クローゼットの中なら赤外線は反応しないのか?」
「確かにクローゼットの中なら反応しない…」

 恋乃葉せんぱいは、しかし納得はいかないという表情だ。
「ですが…… どうやって入ったのでしょう? 少しでも有機的な何かが動いていれば反応すると思うのですが?」

 私はたまきがケーキを食べたのだと思っていた。
 だが、無人の部屋を歩き回ればセキュリティに引っ掛かるはず。本当に私たちを驚かせるためにクローゼットでジッとしてたのか…。

「お前、一人で何をしていたんだ?」
「寝てたんだよ」
「チッ」

 里佳子せんぱいは無駄なことを聞いてしまったと後悔しているようだ。

「ちなみにケーキはどこにあったと思う? それ以外にも何か気づいた点はあるか?」
「冷蔵庫じゃないの? あたしケーキがあるなんて知らなかったよ。あったら食べてたかもね」
「だろうな」
「あとは… 今日スカートで来たんだけどお尻が汚れてたなー。冷たかった。外で雪で転んだからだね、たぶん。着替えがなかったけど、着ぐるみ持ち込んでたからよかったー」
「関係のない話はしなくていい」
「言えって言うから言ったのにー」


 たまきは嘘をつけない。
 顔に出るタイプだから嘘をつけばわかる。彼女の証言には嘘はないのだろう。
 セキュリティの件から着ぐるみに着替えたのは部屋の外か。ケーキの存在も恋乃葉せんぱいとたまきには内緒で進めていた話だから知らなくて当然だが…。本当に知らないのだろうか?

 たまきが部屋にずっと居たという事実は彼女がケーキを消失させた可能性もあることを示唆していた。しかしセキュリティのことを考慮するとたまきは身動きしてないはずだ。センサーに引っ掛かってないということは、本当にたまきはずっと寝ていて、部屋に居なかったも同然だ。

「振り出しに戻ったな」
 せんぱいが私を見る。次は私の一日の行動を説明する番だと言っているようだ。

 テーブルの向こうで和毅くんが私のことを心配そうに見ていることに気づく。心配… いや不審? 期待? 怒り? 私に何を思って顔を上げたというのだろう。
 私の頭に不穏なもやもやがかかる。手汗が滲んだ。焦燥が募っていった。
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2016年9月10日土曜日

密室のショートケーキ【煉獄】

「そんなことをして何の意味があるのです?」
「いえ… 誰かを疑うつもりはないんですけど、一応… 事実関係の整理を…」
 私は呆れている様子の恋乃葉せんぱいにそう答えていた。
 沙智の身の潔白につながるか解らないが、みんなの行動に不審な点がないかを確認するのだ。そうすれば沙智以外にも不審者が浮き彫りになるのではないかと思う。

 窓の外でしんしんと雪が降り積もる音が聞こえてきそうだ。
 微弱な暖房だけど心なしか暑すぎるような気がする。じとっと汗が滴る。
 リビングには大きな水槽があって熱帯魚が周遊していた。ダークグレーのじゅうたんに深いブラウンのオーダーメイドカーテン。質のいい柔らかい照明。
 カサリと物音がして、お掃除ロボットが観葉植物の影から顔を出した。バケツを逆さまにしたような外観で、愛くるしい顔のデザインが施してある。恋乃葉せんぱいに聞いたら花巻不動産のマスコットキャラだと教えてくれた。
 有名メーカーとコラボして作った最新式お掃除ロボットだそうだ。恋乃葉せんぱい曰く「どんな細かいゴミでも、大きめのゴミでも自動で吸い込んでくれますのよ!」と自慢気に聞いてもいない機能説明までしてくれたのだ。
 私は聞き流していたけど沙智は目を輝かせて聞いていた。基本が怠け者の妹だから自動で掃除してくれることに食いついていたのだ。
 さすがに高級なモデルルームだけあって未来的というか、非現実的な空間だ。

 場違いなバケツキャラの顔が今は疎ましく思えた。
「さっちゃん、今日あったこと。素直に全部 話してみて。犯人じゃないって、みんなわかってくれるから」
 私は沙智の肩を強く揺らしていた。
「うん… わたしがパーティーの準備でグッズを持ち込んだときには、……ケーキはまだありました」
 沙智は静かに語り始める。

「買い物してここに着いたのが17時くらい。荷物を置いて、中に居たのは1分くらいかな。花巻先輩から預かったセキュリティカードと部屋の鍵でちゃんと施錠はしました。それから後はコーヒーショップで時間を潰して19時前にあっちゃんたちと合流しました」
「ケーキはどこにあった?」
「はっ ハイ… え… と、あの冷蔵庫に…」
 沙智は里佳子せんぱいに凄まれて身体を強張らせた。私は沙智の言葉に違和感を覚える。

「荷物を置くだけと言ったな。1分程度の滞在時間でしっかり冷蔵庫の中を覗いたわけだな?」
「そう… です」
 沙智がそう言うのならそうなのだろう。私は彼女を疑う必要なんてない。
 だけど里佳子せんぱいは冷蔵庫をわざわざ覗いた沙智を怪しんでいる。

「つまり我々が集まってくる19時まで、この部屋は無人だった。侵入者があれば警備会社に通報がいくはずだ。誰も居なかったはずなのにどうしてケーキが失くなっていると思うね?」
「わ… わわわかりません」
 沙智は早口に告げる。

 ぎすぎすとした空気だ。
 このままでは沙智が危うい。家や二人きりのときだと沙智は私に生意気な口を利くけど、外ではこんなに借りてきた猫のようだし、私以上に暗い性格になる。内弁慶でバカの妹を姉として守ってあげなければと思うのだ。

「無人じゃないよ、せんぱい」
 たまきが勢い良く起き上がる。

「何だ、居たのかお前」
「ずっと居ましたけどっ」
「無人じゃないとは聞き捨てならんな」
「だって、あたしはずっとここに居たからねー」
 たまきは友人の窮地を救ったと思っているのか、里佳子せんぱいに対してドヤ顔だった。憎まれ口を叩いたりするけど、たまきは里佳子せんぱいのことが大好きなのだ。
 誰もが顔を強張らせているのに、たまきだけは弛緩していた。

「…」
 みんなは耳を疑っていた。
 今まで無人だと思われていた部屋は実は有人だったらしい。もしたまきが部屋にずっと居たなら、密室の前提が崩れることになるのだ。
 部屋の空気がピリリとひりつくようだった。
 私は緊張する。
 もっと早く言えよと言わんばかりの顔をみんなしているんだろう。私はそれを見るのが怖くて顔を上げられなかった。
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2016年9月3日土曜日

密室のショートケーキ【慟哭】

 これは誰も居ないはずの密室だったこの部屋から、いかにしてショートケーキを消失させたのかを明らかにするお話だ。
 実にくだらない、生産性のない話し合いである。

「さぁ どういうことか説明してもらおう」


 私はその日の夜、恋乃葉せんぱいのマンションで行われる壮行会に呼ばれていた。この表現は正確でない気がするけど、当の里佳子せんぱいがそう言っているのだから間違いではないのだ。

「犯人は君だろ? 荻原沙智(おぎわら さち)くん」
「…は、い」

 沙智の黒目が高速で左右に泳いでいるのを見て、居たたまれなくなる。私は隣で震える沙智の肩をそっと抱いてやった。
 とてつもなく広いリビングルームの真ん中にソファがU字型に並んでいて、約一名を除いて深刻な面持ちの参加者が揃っていた。
 ベランダ側のソファに私と妹の沙智が座っている。向かいのソファには沙智の親友であるところのたまきが、一人で間の抜けた顔で寝転んでいた。
 中央のローテーブルにはお菓子の山と冷めたローストチキン、未使用のロウソク、使用済みのクラッカーが置いてあった。

「待ってください。それは決め付けではありませんか?」
 U字の底の部分、真ん中に座っているのは家主の花巻恋乃葉(はなまき このは)せんぱいだ。

「最後にこの部屋を出て、今も鍵を持っているのは彼女しかない。だったらもう犯人で決まりだろうと思わないのかね?」
 そして対面式のキッチンの側、ダイニングのテーブルについているこの偉そうな人は、響 里佳子(ひびき りかこ)せんぱい。玉高通信の部長で壮行会の主催者である。
 さらにテーブルの向こう側に唯一の男性参加者、里佳子せんぱいの弟、響 和毅(ひびき かずき)くんが一人で膝を抱えて俯いていた。挙動不審に目をきょろきょろさせている。連れてこられ、女子に囲まれてさぞ迷惑なんだろうと思う。

「彼女の言い分を聞いてからでも遅くありませんよ」
「違うというのなら荻原沙智くん、釈明してみたまえ」

 里佳子せんぱいがミニスカサンタの衣装のままベンチシートに片足を上げた。左足は床に着いたままで、右足を抱えている恰好だ。赤いスカートの裾から下着が見えそうだ。
 ねっとりとした、いやらしい笑みで沙智を睨めつける。

「…え …と」
 沙智は地震やオバケより里佳子せんぱいのことが、この世で一番怖い存在だと思っている。私も同意見だ。

 向かいのたまきは半分目が閉じて眠そう。友だちを助けようといった様子はまったくない。私もどう擁護すればいいか糸口が掴めないでいる。
 私は自然と涙が零れていた。我が妹を犯罪者扱いだなんて許せない。里佳子せんぱいへの反論をするために、この部屋で何が行われたのかを解明する必要があると思った。

「あの… 皆さんの今日一日の行動をつまびらかにしませんか?」

 私はぼそりと言い放つ。
 何を言い出すのだという、みんなの不審な目が私に集まった。仕方ないことだ。私がピントのズレた変なことを言い出すのは今に始まったことじゃないし、そういう目で見られるのに慣れてる。でも沙智を悪者にしておいたままではいけないと思った。
 沙智がケーキを一人で黙って食べてしまう人間ではないと証明したいだけだ。
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2016年8月27日土曜日

密室のショートケーキ【序章】

 ファーストキスの味はねっとりと甘酸っぱかった。
 私が極度の拒否反応を示して、相手を突き倒してやるには充分な理由だ。

 私はモデルルームを飛び出して、泣きながら粉雪の舞う町をさまよった。そういうことに耐性がないということもあるけれど、意図せず突然 唇を奪われることに嫌悪感があった。好きとか嫌いとか意識もしないやつだったのに、いきなり迫ってくるなんて気持ちが悪いと思うのだ。

 だいたいイベントごとなんてガラでもないのに、こんなパーティーに参加してしまったことがそもそもの間違いだったのだ。
 私はその日、里佳子せんぱいが突如として言い出した『壮行会』に参加させられていた。
 玉高通信の部長である響 里佳子(ひびき りかこ)せんぱいは暴虐的で他人の意見は聞かない人だ。トップダウンで命令しては正式な部員でもない私をいいようにこき使う。

「荻原絢香(おぎわら あやか)くん、君の手づくりショートケーキが食べたい…」
 せんぱいはそう言って私に要請してきた。お菓子づくりが得意だと知って目をつけられてしまったのだ。

 『玉高通信』は通信社の真似事のような部活で、部員は他にあと二人居る。
 そして壮行会の準備は、里佳子せんぱい以外の部員たちで着々と進められていった。

 送り出される人として現生徒会長である花巻恋乃葉(はなまき このは)せんぱいが呼びだされる。生徒会長選が過ぎ去って季節が変わった頃に、何を壮行するつもりなのかは知らないけど、恋乃葉せんぱいはノコノコと顔を出したのだった。
「生徒会長、当選おめでとう」
「そういうことは2ヶ月前に言って欲しかったですね」

 恋乃葉せんぱいは嫌味ともとれるニヤけ顔の里佳子せんぱいに言葉を返した。
 始めから来なければいいのにと思うほど、嫌そうな顔をしていたけど恋乃葉せんぱいは生真面目にもやってきたのだ。嫌なら断ってくれればいいのにと思う。
 恋乃葉せんぱいの両親が経営する高層マンションのモデルルームまで借りて、恋乃葉せんぱいの壮行会はしめやかに行われた。

 私たち玉高通信の部員の4人と、それから敵対しているはずの生徒会長・恋乃葉せんぱい、それから里佳子せんぱいの2つ下の弟である和毅くんまでなぜか呼び出された。
 里佳子せんぱいは当日、黒縁メガネに鼻と白ヒゲをくっつけて登場した。サンタの衣装に身を包んでプレゼントは一切持ってこなかったけど、とてもウキウキしているのが解った。
 素直にパーティーがしたかったと言えばいいのに、と思う。
 普通のパーティーだと解っていれば参加しなかった。私は里佳子せんぱいに騙されていたのだ。
 そのせいで無駄に泣いたり、無駄にキスを味わったりした。
 参加さえしなければ無駄に事件も起きなきなかったはずだし、無駄に誰かを疑うこともなかった。
 無駄に時間を浪費して、挙句に何も解決しなかった日だった。
 私はパーティーに参加したことを心から後悔していた。

 12月24日。
 密室からショートケーキが消えた日である。
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2016年8月20日土曜日

鏡のように

 私たち姉妹は似ていない。

 憎たらしいくらいだ。
 どちらかが橋の下で拾われてきたのではと思うほどに、性格も嗜好もまったく相容れないと思う。どうしてこんなにも違うのかずっと考えていた。

 妹の前をずっと走り続けてきた私だから、彼女のことは俯瞰で見ることができるのだ。

 私は沙智とは違う。
 第一に、私は親の言うことをよく聞くということ。お母さんのお使いには必ず私が行くことになっているのだ。それは暑い季節でも文句も言わずに遂行する。普段から身体を動かしていい運動にもなっているし、自分のことに直結するのだから断る理由もない。
 だが沙智はと言えば、自分の部屋でファッション雑誌を読んで、横になっているばかり。何の役に立たない。口だけ達者になってサボることばかり覚えて、将来が心配だ。

「ねむ…」
 現に沙智は居間のソファに転がって動かないままだ。雑誌を床に置いてうつ伏せになって見ている。日曜だからってお昼までだらだらとパジャマのまま寝転んでいるのだ。
 彼女はいくらお尻を叩いたって、動かないときはテコでも動かない。何をやらせても何も続かないというダメな性格だ。
 私はあんなにグータラではないし、凝り性だから何事も途中で止めたりしない。何ならハツカネズミのように走り続けることだってできる。私は姉として規範になり、何をやらせても続かない妹に道を示す必要があると思っている。

 鑑にならなければいけないのだ。

「…ふう…」
 私は彼女とは違うと思う…。
 顔立ちだけは似ているらしい。
 似ていると人によく言われるが、確かに沙智の顔を鏡で見ているような気持ちになるときもあった。

 部屋の隅を見つめて短く溜息を吐いた。
 自分もパジャマ姿であることに気づいて、早く私服に着替えようと思った。

 第二に、沙智は口が上手いということ。
 これによって親の言いつけを聞かなくても危機回避することができるようだ。
 そして欲しいものはだいたい親に買ってもらう。

 第三に、沙智は飽き性であるということ。
 苦心して買ってもらってもすぐに飽きてしまう。
 言い出しっぺの沙智が気づいたらどこかに行っている、なんてことはよくあることだ。嫌なことはすぐに人に押し付ける。始めは楽しくてもすぐに飽きてしまうのだ。
 朝のランニングだって、二人で始めても続けているのは私だけ。それもよくある話だった。

「どこいくの? あっちゃん」

 沙智の声に私はびくんっと足を止める。

「あっちゃんも止めたの? ダイエット。また三日坊主じゃん?」
 沙智はニヤリと私の背中に浴びせかけた。

「私は… ちょっと休んでるだけ。完全に諦めたさっちゃんには言われたくない…」

 沙智がお父さんにねだって買ってもらったランニングマシンは、今は部屋の隅に押しやられている。いつか再開しようと思っているのだから、私はやめたわけではない。

「ふーん。ちょっとねぇ?」
「そう。ちょっとよ」

 せっかく買ってもらったランニングマシンだ。
 私だけは続けるつもりである。
 今はタイミングを見計らっているだけ。

 だから私は沙智とは違うのだ。

2016年8月13日土曜日

絶望の世界と希望のインスタントラーメン

 どうしたら地球に帰れるのだろう。
 早く元の世界に戻りたい。

「教えてあげよっか?」
「いい…。黙っててくれる?」

 状況は絶望的だ。
 沙智は長い間うずくまっていた。同じ姿勢のままで時を過ごす。

 ずっと考えていた。絶望に囲まれた世界では誰も助けもやってこない。残った食料と水は僅かだ。沙智は立ち上がることはできない。
 加えて外敵はもうすぐそこに迫っていた。これでは迂闊にトイレにも行けない。何もかもが閉塞的だ。

「もうすぐインスタントラーメンが食べられるでしょう」
「…何? 予言?」

 絶望を感じているのに、たまきに危機感はない。

「その前に敵に捕まるでしょう。猿は人間の言葉を話して怖いし、結局のところ地球なのね。悪いのは全部人間でした。めでたしめでたし」

 たまきは冗談交じりに預言者か占い師のマネをしていた。何もない空間に手を差し伸べて、水晶球でも見えているのだろうか。ワケが解らなかった。

「暇なら帰ったら?」
「このCMソング知ってる?」

 しかしたまきは寝転がって歌を唄い始めてしまった。ステーキが空を飛んでいるとかそんな内容だ。最近よくテレビCMで流れていて、学校でも人気だ。
 いきなり話題を変える奴はムカつく。
 沙智としては迷惑に思う一方、たまきの危機感のなさに救われている部分もあった。

「人生幸せそうでいいね。何も考えてない人って憧れる」
「ステーキにライドオンしてると食料に困らな…、え? なに?」
「…何でもない」
 沙智は膝を抱えてジッと耐えた。

 今に助けがやってくるかも知れない。むしろそうじゃないとおかしい。物語の主人公はこんなことで命を落とさない。脇役が死ぬのは仕方ないがハッピーエンドじゃないなんて、沙智は納得がいかなかった。どんな状況でも立ち向かわなければと思う。

 ちらりとたまきを見る。
「どっちかというと脇役はたまきだよね?」

「えー… まぁ… …さっちゃんが主役ならそうだねー。でもあたしから見たらさっちゃんが脇役になるんだよ?」
「たまきの人生の主役と脇役の話はしてないよ。映画だったらの話。女優として出るならたまきは主役じゃないよねって話ね」

「…えーと、だったらさっちゃんも主役になれないよねー。学芸会んときは“野垂れ死んでる盗賊”の役だったもんねー」
「昔の話もしてない。私は演技向いてないもん。見るほう専門だし」

「主役やらないなら あたしがやってあげよっか?」
「私の人生の主役の座を奪おうとしてるの? しばらく黙っててくれる?」

 沙智は集中して考える。

 どんな結末を迎えるのだろう…。 
 しかし、たまきの予言通りに映画のクライマックスシーンでその惑星は実は地球だったと明かされるのだった。
 悪いのは全部人間なのか? 伏線なんか、あったっけ?
 沙智にはよく解らなかった。
 長く旅をしていた結果がこれじゃ救われない。
 さすがに昔の映画だ。

「ね? 言ったとおりっしょ?」
「黙っててって言ったのに… オチ喋ってたんだね」

 部屋を明るくしてテレビの電源を切った。その映画を見終わった感想は、空飛ぶステーキの変なCM曲のことしかなかった。

 沙智は立ち上がってトイレに向かう。
「今度オチ喋ったらビンタするから」

「予言はもう一つあるよ? あたしお腹すいたんだけど当たるかな?」

「当たると思う?」
「じゃ、こっそり持って帰るから、この予言も当たりだね」

「コソドロっ。悪いのは全部たまきだっ」

 沙智はようやく元の世界に戻ってきた気がした。